第649回のスポットライトリサーチは、東北大学大学院環境科学研究科(本間研究室)博士課程後期2年の飯村玲於奈 さんにお願いしました。
今回ご紹介するのは、α-MnO2のナノ粒子化に関する研究です。α-MnO2は多価イオン電池の正極や好気性酸化触媒への材料開発が注目されています。α-MnO2について、従来法では長いトンネル構造を持つ棒状結晶が形成されていましたが、トンネルが短い低アスペクト比の構造は報告されていませんでした。今回開発した合成法により、低アスペクト比を持つα-MnO2ナノ粒子を報告されました。合成したα-MnO2ナノ粒子が、多価イオン電池の正極や有機化合物を酸化する触媒としても高い性能をもつことを明らかにされています。本成果はSmall 誌 原著論文およびプレスリリースに公開されています。
“Ultrasmall α-MnO2 with Low Aspect Ratio: Applications to Electrochemical Multivalent-Ion Intercalation Hosts and Aerobic Oxidation Catalysts”
Iimura, R.; Kawasaki, S.; Yabu, T.; Tachibana, S.; Yamaguchi, K.; Mandai, T.; Kisu, K.; Kitamura, N.; Zhao‐Karger, Z.; Orimo, S.; Idemoto, Y.; Matsui, M.; Fichtner, M.; Honma, I.; Ichitsubo, T.; Kobayashi, H. Small, 2025, 21, 2411493. DOI: 10.1002/smll.202411493
研究を指導された小林弘明 准教授(北海道大学)から飯村さんについて以下のコメントを頂いています。それでは今回もインタビューをお楽しみください!
北海道大学 小林弘明准教授
飯村さんとは彼が大学3年生時の論文紹介の授業で初めて知り合い、修士課程から現所属となる東北大本間研究室に配属され、一緒に研究をしました。私が研究指導をした学生で初めて博士進学の道を進んでくれたので、とても嬉しく思った記憶があります。あいにく彼が博士課程に進学するタイミングで私は北大に異動してしまったため、色々と文句を言われましたが(笑)、今も北大の特別研究学生として共同研究を続けています。彼が進めているテーマは、マグネシウム電池という電池研究の中でも特に難しい電池系ですが、一つずつ丁寧に成果をまとめ、時には自由な発想で次々と新しい(面白い?)実験計画を立て、とても頼もしく思っていました。今回紹介してもらう研究のテーマは「新旧融合」で、私が卒論で扱った材料をここまで発展できたことに驚きとこれからの楽しみを感じています。私から直接的な研究指導を離れた今では、学生ながら自分で研究費を取ってこられるようになり、新しいテーマも立案遂行できる能力も身につき、後輩の研究指導も十分で、またドイツ留学も経てさらに研究が深みを増しているはずです。これから世界に羽ばたいていくことを期待しています。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
二酸化マンガン(MnO2)は、乾電池や触媒、センサー、吸収剤など、多用途な機能性材料として、広く利用されています。MnO2は複数の結晶構造を有し、それぞれが固有の化学的特性を示すため、用途に合わせて合成されています。中でもトンネル構造を有するアルファ型MnO2(α-MnO2)はマグネシウム、カルシウム、亜鉛などの金属負極を用いた多価金属電池の正極として注目されており、現行のリチウムイオン電池に代わる次世代蓄電池の実現が期待されています。また、α-MnO2は空気中の酸素を利用する有機化合物の酸化反応における環境調和型の触媒としても注目されています。
しかしながら、多価金属電池の分野利用では、正極内部でのカチオン拡散がリチウムイオンと比べて遅く、室温で十分な電極性能を発揮しにくいという課題があります。α-MnO2の一次元トンネルの長さを短くすること(アスペクト比を小さくすること)ができれば、室温動作で十分な性能を示すことが期待できます。また、触媒分野利用において性能を最大限に出すには、活性の高いエッジ面を増やすこと、すなわち電池分野での利用と同様に、粒子のアスペクト比を小さくすることが重要です。
これまで多くの研究者がアスペクト比の小さなα-MnO2のナノ粒子化に挑みましたが、等方的なサイズ低減しか報告されていませんでした。
本研究では、従来主流のナノ粒子化法である水熱法と私たちの研究グループが精力的に推進してきたアルコール還元法を融合させた新規「アルコール溶液法」により低アスペクト比を有するナノα-MnO2の合成に成功しました。具体的には水熱法ではバンドルの幅が20 nm、トンネルの長さが400 nmであったのに対し、本手法では、バンドルの幅が4 nm、トンネルの長さが8 nmと球状に近い極小ナノα-MnO2になっていることがわかりました(Figure 1)。多価金属電池の正極特性評価では、室温でカチオンの高速脱挿入が可能であることが明らかになり、従来のα-MnO2より優れた電池特性を示しました。触媒の分野では、酸素を使った触媒的酸化反応特性を評価したところ、1-フェニルエタノールなど数多くの有機化合物の酸化反応触媒として非常に高い活性を示すことがわかりました(Figure 2)。

Figure 1. α-MnO2の透過型電子顕微鏡像

Figure 2. α-MnO2のCa電池正極特性と酸化反応触媒特性
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
思い入れがあるのはやはり材料合成のパートです。中でも、従来の合成手法を踏襲しつつ、α-MnO2の結晶成長を抑えるために溶解度の低いアルコール反応溶液をメインに新規溶液プロセスを確立できた点です。誘電率の異なるアルコール種、トンネル構造内部のテンプレートカチオン種、結晶化を促進させるために必要な水の量、そして前駆体に十分な溶解度を与える非プロトン性溶媒の添加など多くのパラメーターを変更し、極小ナノα-MnO2の合成にたどり着きました。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
上述した材料合成も難しかったのですが、1番苦労したのは論文化する上でどうストーリーをまとめ上げるかという点です。3種類の多価金属電池のパートと触媒のパートがあり、ストーリー性を考えた時に融合しづらい内容になっていました。低アスペクト比を持つナノ粒子化が重要という点は互いの分野で共通しているのでそこをどう推すか、研究指導教員の小林先生とじっくりディスカッションを重ね、半年以上かけて論文を書き上げました。ただ、このテーマの融合は万人受けしにくく、投稿先の雑誌から合計4回のrejectの連絡をもらいました。その多くが、「分野がまたがり過ぎている」、「なぜ、一つの論文にするかわからない」、といった論文構成に対するものでした。私には、極小ナノ粒子化できたインパクトを最大限に示すためには電池と触媒の分野どちらも欠かせないという信念があったので、軸を変えずに論文構成を一から再考し、一年半かけてようやくacceptに辿り着きました。論文掲載まで時間がかかってしまいましたが、この実験と論文執筆の辛い経験が必ず今後の研究生活で活きる貴重な財産になると信じています。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
私は現在、Mg・Ca電池を中心とした次世代電池材料の研究を行っています。博士課程修了後も、アカデミアとして電池分野に携わりたいと考えています。この分野の研究は手探りな部分も多く、材料設計指針がほとんど確立されていないのが現状です。私の最終的なゴールは蓄電デバイスの実現であり、学部生のころから培ってきた幅広い化学分野の知見を駆使して課題解決に取り組みたいと考えています。少し壮大ですが、研究の過程で新たな材料合成法の開発や新しいサイエンスの構築といった0から1を生み出すようなブレイクスルーを成し遂げることができたらいいなと思っています。常に挑戦する姿勢を忘れず、生涯自分の手を動かして実験する研究者を目指したいと考えています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
本研究で示したα-MnO2の極小ナノ粒子化の手法は、他の結晶構造を持つマンガン酸化物の極小ナノ粒子化へも応用できる可能性を秘めています。様々な分野の読者の皆さんにこの研究に興味を持っていただき、二酸化マンガンの潜在能力や将来性を広めることができれば嬉しいです。
また、本研究を遂行するにあたり、当時、一緒に材料合成をしていた川﨑栞さん(東北大、現M2)、触媒活性評価をしていただいた山口和也先生(東京大学)、指導教員である本間格先生(東北大学)、そして日頃から研究をご指導いただいている小林弘明先生(北海道大学)に厚くお礼申し上げます。先生方ならびに共同研究者の方々のお力添えがあってこその本成果だと思っております。
最後に、執筆の機会をくださいましたChem-Stationのスタッフの方々に深くお礼申し上げます。
研究者の略歴
名前:飯村 玲於奈 (いいむら れおな)
所属:東北大学大学院 環境科学研究科 先端環境創成学専攻 博士課程後期2年 (本間研究室)
略歴:
2021年 3月 東北大学工学部化学・バイオ工学科 卒業 (殷研究室)
2023年 3月 東北大学大学院 環境科学研究科 先端環境創成学専攻 博士課程前期修了 (本間研究室)
2023年9月〜2024年8月 カールスルーエ工科大学 客員研究員 (Prof. Maximilian Fichtner)
2023年 4月〜現在 日本学術振興会特別研究員(DC1)
2024年 11月〜現在 北海道大学大学院理学研究院 特別研究学生 (無機化学研究室)